天の下では、何事にも定まった時期があり
すべての営みには時がある。生まれるのにときがあり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
探すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。(伝道の書3章)
今日は創世記24章1-9節、「アブラハムは年を重ねて、老人になっていた。主は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた」 神と共に歩んだアブラハムの人生、こんな告白と共に老年を過ごすとは、何という幸せ。弱さも卑怯な姿も露呈し、一握りの墓地を所有するアブラハムに、こんな告白をさせた、神の時のうるわしさといえるだろう。一人息子イサクの結婚の大事の時に、アブラハムの人生の原則は何であったのか?
1.私を愛し祝福された神は、私の子を必ず祝福されるという信仰
2.人生の大事を、神が導かれるという信仰
3.結婚に際して、世的基準、自己基準よりも、霊的基準を最重視した事
4.神の導きを信じ、父親としての最善を尽くした。神の御心>イサクの結婚、何故なら、必ず神はイサクを良き 結婚に導かれるという確信があったから。
祝福は父から子に注ぎだされる。父としてアブラハムのような人生の原則を大事のとき適用する為に、日々小事に忠実であろう。
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