リベカという女性
しっかりした妻をだれが見つけることが出来よう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い。・・・彼女は悩んでいる人に手を差し出し、貧しい者に手を差し伸べる。・・・主を恐れる女はほめたたえられる。(箴言31章)
創世記24章にリベカという女性が登場する。アブラハムの一人子、イサクの妻となる女性である。記事を読むと彼女は、美しく、勤勉、思いやりに富んでいる。親切をなすときに迷いが無く、機敏である。プラスαの出来る女性、現代用語で言うならば、空気の読める女性、流れの読める女性、・・・。リベカは生き生きとしていて、何か命の豊かさを感じさせる。
豊かな人生、命溢れる人生とは、どんな人生なのだろうか? どんな人も、意味の無い人生を恐れている。何故なら、幸福に生きる為に、愛される為に、創られたからだ。人として生まれたきた使命、目的を知り達成することは、生き生きとした、主体的な努力をさせるものだ。
幸福とは、所有することではなさそうだ。所有することは、人生の目的への手段に過ぎないから。聖書は、むしろ、与えなさいと、与えるものは幸いなりと、記す。真の目的を発見しているか?
彫刻家の父が大理石の塊を彫る。人の顔が彫られ、息子は父に尋ねる、「お父さん、大理石の中にこんな顔がある事を何時知ったの?」
昨年、教会を新築した。設計士(鈴木能成氏)の頭には、立面があり、円ホームの直理社長の頭の中には、完成図が、それぞれ鮮やかにイメージされている。私たちには、「ああしたい、こうしたい」という願いはあるが、少し先しか見えない。でも彼らとの対話の中で、いつもわくわくしながら、具体的に、ぐんぐんと建築は前に向かって、進められていった。分からないことも、見えないことも多かったが、ビジョンを一つにし、実現に向けて、彼らを信頼して進めた。楽しかった。
「幻の無い民は滅ぶ」、これも聖書の言葉、ゴールを知らない民、ビジョンのない民は地べたに座り込むしか仕方が無い。座り込んでも生き生きと座り込みたいではないか。リベカのように、命溢れて生きていきたい。
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