人の主張(ヤコブの主張、ラバンの主張から)
人は、あくまでも、一方的、かつ自己中心的。それぞれに言い分があり、言い訳がある。成る程、人はどこまでも不完全。創世記をメッセージしながら29章に入った。農夫は植えたように収穫する事を知っている。種を携え、額に汗してまく時、秋の収穫を期待し、心には喜びが宿っている。それが見えない者には、苦痛でしかない労働。未来に生きているか? ピントはあっているか? 成長しているか?
ヤコブが蒔いたもの、刈り取るべき物。ヤコブの詐欺性、妥協のしやすさ。読みながら、何だか、ドキドキするではないか?
人は不完全で、神ではない。すると、ある人が、「そんなことは分かっています!!!」と言った。そう・・・、頭では分かってはいる。しかし果たして、その「分かっている事」を生きているか?ということ。
目指すべき姿とは?
霊的成熟(聖霊による神との主体的関係)
心理的自立(自分で考える習慣、決断し自分で責任を負う習慣)
関係的自立(他のメンバーとしっかり組み合わされ、成長し、愛のうちに建てられる)
経済的自立
以上は丸屋真也師「健全な信仰とは何か」より
つまずきの多い日本社会、しっかり成熟していきたい!
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