母が81歳になります
介護病棟に入院・生活中の母は、毎日驚くほどの大声を出して叫ぶので参っています。心が疲れて、介護疲れと呼ぶには何にもしていませんが、本当に世の介護中の皆さんに頭が下がります。上品でひょうきん、寂しがり屋で怖がりの母は、大声なんか出したこともありませんが、今は幼子のように甘えたり泣いたり、、、。昨日は「おとうさーん! 会いたいよー、えーん、えーん」という状態です。40代からは病気の多かった母でしたが、まさかこんな老後になるとは思いがけないことでした。しっかり者、頑張り者の母が甘えられなかった幼少時代に戻っているのを見ます。
父はアルツハイマーがありますが、助け人に囲まれ、のんびりと家で楽しく自由な生活をしています。色んな事をさせて人生を楽しませようとしましたが、父には今のような単調だけど、規則正しく楽な生活がよかったようです。母は心筋梗塞で倒れ、慢性の腎盂炎があり、意識レベルが一時的にかなり落ちましたが、回復していました。でも度重なる心臓の発作と入退院の中で、急激に認知症が進んでいったようです。信じられない出来事が続き、試行錯誤の中で、やっとどうにか日々生きていく為の工夫を教えられ、何とかやっていけるようになりました。一睡もせず日曜日の講壇に立った日もあり、もう限界と思った日が何度もありました。今は平安な老後だと思います。在宅にこだわったこともあり、その過渡期にはひどくうろたえ、どうしていいか分からない毎日でした。友人から聞く認知症のステップも絵に描いたようにやってきました。でも、「神はすべてをご存知で、私に最善をなさる。」という信仰だけが頼りでした。多忙だった父母から手取り足取り学んだことはありませんでしたが、今は人生の大切なことを全て教えてもらっているようです。先日お見舞いに来た息子に「心を守りなさいよ」と、娘には「イエス様をよく信じることだ」とメッセージしました。歩けない、寝たっきり。入浴も大小便も人手に頼っていますが、母はいつもメッセンジャーです。先日の教会女性会の方々との聖餐式では、しっかり者の母の顔を見ることが出来ました。
夫をはじめ、沢山の助け人に支えられ、お世話になって、何とか私も続けてこられたと心から感謝です。先日は夫の母が緑豆粥とスイカを持たせて下さり、母は大喜びで食べました。私は嫁としては足りないところばかりですが、ただ主イエス・キリストの憐みで、主にある夫婦、家族となったのは親孝行になったかもしれません。クリスチャンの嫁として、主イエス・キリストを信じる恵みに預かり、天国に希望があることも、唯一私が出来た親切だったかもしれません。私の師は、私が家族を通して主イエス・キリストの愛を表すように祈られましたが、その通りになっていくとイイナと願っていますいずれにしも沢山の助け人を与えて下さり、守って下さる神に感謝します。


「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- その愛をいつまでも~Dr.ドブソンのユース・セミナー1(2008.11.15)
- エリックさんの証し、邦訳(S.ストラットフォード)(2008.11.05)
- ダニエル・キム師、イグナイト・ジャパンより(2008.11.08)
- マタイ3:16,17 へブル11:6 これは私の愛する子 (2008.11.08)
- 1コリント12:27 共に学び、共に食べ、共に祈り、共に出て行こう (2008.11.08)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106450/12857895
この記事へのトラックバック一覧です: 母が81歳になります:


コメント