雑感
人は信じる対象ではなく、愛する対象である。
若いとき、この言葉は、厳しい言葉だと思い、心にしまいこんで聞きませんでした。
いろんな人に裏切られ、自分も、いろんな人を裏切り、今は、この言葉は自戒の言葉。
神学の教師、金相福牧師の講義でいただいた言葉です。
鼻から息する人間を頼りにするな!はいっ!
昼は雲、夜は煙と燃える火の輝きを創造される。それは全ての栄光の上に、おおいとなり、仮庵となり、昼は暑さを避ける陰となり、あらしと雨を防ぐ避け所と隠れ家になるからだ。
嬉しい、唯嬉しい。
偉大な神ご自身が、イエス・キリストとなり、私を覆うおおいとなってくださった。
私の人生が私の物でなく、私の時間が私の物でなく、私の賜物が私の物でない、、、。なんという恵みと平安。
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コメント
私も「人は信じる対象ではなく、愛する対象である」という言葉に心打たれました。
厳しいとも思いました。
母が足に炎症をおこして歩くのもやっとで、家事もおばあちゃんの介護も仕事もほとんどできなくて、手伝ってはいるけど心に不満を持っている自分がいました。
母親ってゆるぎないもの、頼れるものと思っていた私は今回のことで自分の嫌なところをたくさん露呈したし、見てしまいました。
母を愛せてない自分と向き合う一週間でした。
投稿 たけみ | 2008年4月20日 (日) 18時03分
この前は、コトちゃんがそんな状況だったね。愛され、愛しているんだけど、境界線を越えたときの状況は、とんでもない自分を露呈するものだと思う。
愛するために、省けるものは何だろう? 頼めるもの、委ねるもの、分担するものは何だろう?
今は非常時、耐えてみるのも、自分を大きくするかも。
投稿 Grace | 2008年4月21日 (月) 12時16分