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母 略歴
1925年、金家、長女として韓国で出生
1941年テグ聖書学校卒業
1942年12月25日 結婚
1952年2月 来日
1952年~2004年まで、52年間を鹿児島県に在住
この間、建設会社を父と立ち上げ、会社の経営において大きな貢献を果たしました。会社の設立がなければ、両親が50年も日本に住むことはなかったかもしれません。2002年には結婚60周年記念を迎え、結婚生活のうちに二男三女の子供たちを授かり、子供たちの結婚後は、一つ一つの新家庭の幸福を祈り、孫たちまで本当に愛してやまない母でした。
2004年 約4年前の7月、私どものそばに両親で移住
2008年4月27日 午前5時 天に召される

波乱万丈、激動の82年間の人生でした。
親や家族、身内や友人からも離れ、父と過ごした日本での暮らしは、いつも揺れ動いていましたが、一生懸命に生きてきた母でした。私が牧師になった時、聖霊が臨む時、あなたは地の果てまで主の証人となる、立っていきなさいと言って祝福してくれました。母の心に、日本での暮らしは神が派遣されたと言う気持ちがあったのだと知りました。

母は、良く最も優れた愛について語りましたが、愛は上から下に来る、神様から私たちに、そして親から子に注がれる。愛は決して下から上には流れない。若い時、自由を追い求めていた私は、そんな母の愛がうっとうしくもあり、本当に寂しい思いをさせました。
この4年間、ほとんど病と老いとの闘いでしたが、たくさんの助け人を得、助けられることを受け入れさせられ、そんな弱さの中で本当のことを多くを教えられました。心筋梗塞で倒れてからは認知症もあった母でしたが、最後に母がメッセージらしい言葉をくれたのは、私の息子に「一番大事なことは、心を守ることだよ」という言葉でした。

ヨハネ14章を母と日々読むことは、母との死の準備期間でした。先が不安な時、心が騒ぎます。死を考えると心が騒ぎます。素敵だった母が、人間的には、その素敵さの全てを剥ぎ取られて、本当に恐れと不安がありました。でも主は、この世はテント住まいで、天のまことの家に帰るんだよという。あなたは一人じゃないよ!助け主がいるよ! 聖書を読むと、死は通過点に過ぎない。衣を脱ぎ捨てるように、あらゆる重荷、罪や煩い、病も老いも、全ての苦しみ、悲しみを脱ぎ捨てて、道であり真理であり命である主によって天国に帰るのです。

道であるイエスと出会い、命であるイエスを信じ、真理であるイエス。この方が、母の救い主、力、盾、ほめ歌と成ってくださったことを覚えて、神を賛美します。罪が赦され、死から命へ、あらゆる重荷、わずらいから約束の通りに解放されました。この地上では、病の中で健康の有難さを知り、苦しみの中で平安を慕い、問題の中で成長していきます。だからこの地上においては、イエスに対する信仰が求められています。天地万物をおつくりになり、歴史の支配者、主管者である偉大な神の側の確かさによって、信じるものの住まいが整って、召されました。信じるものは死んでも死なない。よみがえりのダイナミックな命にとらえられています。
82年の生涯を語ることは、出来ませんが、その良かったことも、失敗も、全て、主イエスキリストに在って、とても意義深いことであったというです。残された私たちは日々、母を思い出し、父を見守りながら、神と共に約束の人生を送って生きたいと願っています。

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