愛する母を天国に送りました。
誰にも、分からない、、、。愛する者の死に、直面したものの心情。
その一つ一つ。誰にも分からない、不思議な世界。
母は、夜明けに、眠ったまま、引き上げられました。
病室に呼ばれた時、威厳に満ちたいい顔をして、ベッドにまっすぐ横たわっていました。
手はまだ暖かくぬくもりがありました。
脳梗塞、心筋梗塞、心不全、腎不全、、、慢性化した病の中で、すごい闘いでした。
もういい、いや一日でも生きていて欲しい、二つの心が葛藤する日々。
素敵だった母、その素敵さの一つ一つを剥ぎ取られ、どこまで剥ぎ取られるのか、不安と恐れの中で、私の一番の恐れは、母の死だったのかも知れない。
母は最後まで、その全身を通して人生を、私に教えてくれた。
土曜日の夜、なぜか、眠れない一夜を祈りながら過ごした。日曜日の朝、呼ばれた時、この為だったと知った。祈るために引きこもった。祈りの中で、主に手を引かれ少女のような母が、白い衣を着てスキップしている姿を見た。主は後姿で、少女のような母は、私に振り向いて、主と共にかけていった。
「いずくまでも行かん、いずくまでも行かん、いずくまでも行かん、愛する主のあとを」 母が生涯、口ずさんだ賛美歌のように。
いつものように、病室の母に挨拶した。「今日は日曜日、教会に行ってくるね!祈っててね!」
どんな時にも、どんな状態の時にも、母を振り切って、出かけた。
(母の内なる人は、私がどうして欲しいと思っているか?)いつも自問自答しながら、行動を選択して歩んできた。
母の顔は、いつの間にか、微笑んでいる。しかも威厳に満ちて、病も痛みもすべて、肉体の束縛から解き放たれて、恐れや不安からも解放され、素敵に微笑んでいる。聖書の約束どおりだ。
棺の母を見ながら、人にはこれだけのものがあればいいのかと妙に納得。
葬式・告別式は密葬で、家族葬にもかかわらず、祭日で、多くの人が礼拝を心から捧げてくれた。
母の好きなバラの花が香りを放っている。右側に飾られた遺影は、オレンジ・ピンクのバラでハートに形作られて、母はきっと気に入るだろうと思う。内側を紫の花がゆれている。
火葬場には、教会員の手作りのおにぎりとサンドイッチ、家族で味わって食べた。火葬場で、私たち家族は、ベテルの教会員の愛を感じながら、心から味わって食べた。
少し前、人生で一番悲しかった瞬間、炉に母の亡骸を入れる時、火をつける時、ほんのわずかな、ほんのわずかな、かすかなかすかな、何かが、吹っ切れる。そして、次の瞬間、生きているわたしたちは食事を口に入れている。
母は天国に行った。主と共に喜んでいる。天にもう一人、強力な助っ人を得た。
骨を拾う。骨壷に入れる。小さくなった。
有難う!
See You again! 天国で!
主よ! 残りの日数を正しく数えさせてください。
あなたの知恵を私の上においてください。(詩篇90篇)
*この報告は唯、遠くにいて共にいることの出来なかった、愛する娘の為に書きました。


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